
会長談話室
~ときの流れ、まちの風~
美しい多摩川フォーラムの細野助博会長が、時には多摩川の上流から下流までを実際に訪ね歩き、地域に残る歴史・文化や環境問題、多摩づくりについて等、その時の想いを綴ります。
2020年10月から月に1回くらいのペースで更新してきた会長談話室ですが、2024年6月3日の「談話その45」をもってひとまず終了とさせていただきます。
【細野会長 プロフィール】
日本の経済学者。中央大学名誉教授。財務省財政制度等審議会前委員。専門は産業組織論、公共政策論、コミュニティ政策、都市政策論。
新潟県出身。慶應義塾大学経済学部で加藤寛に師事。同大学院経済学研究科修士課程修了。筑波大学大学院社会工学研究科都市・地域計画専攻博士課程単位取得満期退学。
日本ユニバック(現日本ユニシス)研究員帝京大学助教授などを経て、中央大学総合政策学部、大学院公共政策研究科教授。1997-98年メリーランド大学客員教授、2007年から中央大学院公共政策研究科委員長。2019年退任、名誉教授。
GS1 Japan 評議員会議長、日本酒蔵ツーリズム推進協議会会長、日本公共政策学会元会長。(一社)日本計画行政学会元会長。多摩ニュータウン学会名誉会長。学術・文化・産業ネットワーク多摩専務理事。
『東京二都物語』(編著、中央大学出版部, 2019年)等、多数。
その45 (2024年6月3日)
桜の開花が待たれる3月中旬の日曜日、ボートを楽しむ人たちで賑わう大田区の洗足池畔を訪れました。2010年に当フォーラムが「仙台紅枝垂れ桜」を寄贈植樹した縁で大田区の松原前区長、鈴木区長、それに超党派の議員さん達と親睦を深めるためです。洗足池近くの高台に「大田区立勝海舟記念館」と、海舟夫妻のお墓、それに西南の役に敗れた西郷を偲ぶ石碑があります。この幕末の二大英傑は江戸の八百八町が焦土と化すのを未然に防ぐ「知恵」を出しあいました。
ところが昭和の政治家や軍人達は、この先人の苦労を引き継ぐことなく無謀な戦争を始めます。戦況悪化した1945年に入り、連日B29による空襲で首都は焦土に。特に3月10日の夜間空襲で、罹災者100万人超、死者9万5千人超の甚大な被害を出しました。「もし昭和に西郷、勝と言わないまでも、せめて山県有朋がいてくれたら」と何度でも思うのです。
1868年に時計の針を戻します。1月の鳥羽伏見の戦いで、数で優っても何もかも旧弊な幕府軍は、西洋式に訓練され最新式の火器で装備した新政府軍にあっけなく敗れます。結果として、西郷が率いる新政府軍は大いに士気が上がり「慶喜を切腹させ、徳川を潰そう」と江戸に向かって北上。江戸に逃げ帰った慶喜は謹慎。善後策を任された勝は徳川家を守り、江戸を新政府軍に蹂躙させないよう、新政府軍の総攻撃に対して火消しや博徒を使う「江戸焦土作戦」をちらつかせます。新政府軍は3月15日を江戸総攻撃の日と定めていました。また、ロシア、米国、英国、フランスなど諸外国は、日本がどう転ぶのか、植民地にしてうまい汁が吸えると、まるでハゲタカ。
さて、西郷と勝の二人は13日に薩摩藩下屋敷、14日に同蔵屋敷で丁丁発止の交渉を始めます。攻める西郷側の「江戸総攻撃」、迎える勝側の「江戸を焦土に」が二人にとっての選択。しかし、双方の選択から、「江戸焦土で、120万人の武士・町民に死の危険。内戦で疲弊した日本は諸外国の植民地」という最悪の結果が予想されます。西郷が「総攻撃を中止」、勝が「江戸を焼き払わない」という賢い選択に切り替えるにはどうするか。本当は二人とも、この賢い選択を採りたいのです。でも周りはこの賢い選択を絶対に許しません。ここで勝が先手を打ちます。世界最強英国のパークス公使に「俺の号令で江戸中に火をかけたら、お前さんら当分貿易などできないよ」と耳打ち。驚いたパークスは、西郷たちに早速圧力。これで西郷には「英国からの外圧だから、どうしようもない」と新政府軍を説得する口実ができます。良い意味でも悪い意味でも、いつの時代も外圧が日本の明日を決定します。パークスの他、ペリー然り、マッカーサー然り、日米貿易戦争然り、今の円安も日本を変えるチャンス。
そして無血開城直前の4月9日、10日に新政府軍の拠点「池上本門寺」で武器・軍艦の引き渡し交渉が行われます。お互いの信頼に基づいた二大役者だからこそ実現した「奇跡の」交渉劇でした。本営がある池上本門寺への道すがら、洗足池を気に入った勝は「洗足軒」という別荘を建て、お墓をここにと遺言します。勝は生前から毀誉褒貶が絶えませんでしたが、それに動揺もせず堂々と自らの生き方を貫きました。カオスの世界に突入した現在だからこそ、他人の評価に右顧左眄しない堂々とした日本人を育てる教育の大切さを思いました。これこそ日本が生き延びる最善策なのです。
コロナ禍で書き始めたコラム「会長談話室」は、対面の行事が可能になりましたのでひとまず閉じたいと思います。皆様からの励ましとご笑覧に深く感謝いたします。

足でこぐ白鳥型ボートを楽しんでいる家族連れ達。風光明媚な早春の洗足池のほとり。春の息吹に木々は萌えだしていた。